100年企業顕彰受賞!!

7月の長雨もようやく終わりを迎えそうな月末となりました。昨年の今頃は、『来年(今頃)はいよいよ東京オリンピック開幕だ』と意気込んでいた頃でしたが、1年前には想像もできなかったCOVID-19の影響です。また九州地方の豪雨被害も一刻も早い復旧を祈ります。

さて、先日、富山商工会議所の100年企業顕彰なるものを受賞してまいりました。

左より2人目が弊社代表です。

この顕彰は富山商工会議所が主催で今年初めて行われた会員企業表彰で、①100年企業である事、②会費の未納がない事、③10年以上加入などを条件に表彰するものでした。

実は弊社は、現社長のおじいさん吉岡喜八が個人創業が今から101年前の1919年(大正8年)という事で、なんと応募資格ありました(*^_^*) 今年は、4社でした。

100年前といえば、第1次世界大戦のあとですね。日立製作所が設立されたり、日本初の国勢調査やメーデーが行われたり、戦後恐慌(第1次世界大戦後)などが起こった時代でした。詳細はこちらwikipediaより

商工会議所の生みの親でもり、明治・大正の近代指導的大実業家もこの頃活躍されていました。
1906年官営八幡製鉄所で亜鉛板製造開始の頃

板金その頃は・・・

板金の歴史からひも解くと、時は大正8年ですから、すでに明治の頃(1870年)よりめっき板が輸入され、波板葺き(1872年横浜駅駅舎屋根)や屋根銅板葺き(1896年日本銀行本店屋根)が首都圏などでは普及しだしていた頃でした。また屋上制限令(鉄道線路の両側200mは不燃材葺きに)が大正1年に発布され、このころ急速に発達した鉄道網のため、付近の家屋の屋根は、蒸気機関車の飛び火が火事を起こす火災事故も頻発していた頃で世論の需要も高まりつつあった頃でした。国内では1906年の八幡製鉄所の亜鉛鉄板製造開始を皮切りに、板金建材の実質的な夜明けとなった十数年後でしたので、地方の富山県でもトタン板の入手が可能になってきた時期かと思います。

さて、当時の富山県は、というと、なんと前年大正7年(1917年)には全国で有名な『こめ騒動』が起きた年でした。北陸線も大正2年には全線開通、県内企業の向上建設ラッシュと、目先の建設業は好況であったと思われます。

全国的に有名になった?魚津氏から始まった「こめ騒動」

高木商工会議所会頭より直接頂きました!(^^)!

表彰を受ける、弊社代表(マスクは時事的な事です(^_^;))
同時に受賞の4社様と記念撮影
左からチューエツ様、弊社、高木会頭様、余川塗装工業様、タカノ建設様

最後になりますが、まずはひっそりと社員とともに「100年」という節目を喜びたいと思います。またこれまで支えてくださった、または弊社に依頼されたすべての皆様に感謝申し上げるとともに、さらに複雑かつ高度な要求にもこたえていくべく『板金道』を精進していく所存であります。

ひとえに、地道な営業と技術の研鑽、そしていつの時代も新しい事にチャレンジして行く事。弊社はこれからもよりよい板金の普及のため、富山の建築シーンの一役を担っていくべく進化し続けていきたいと思います。

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